ケンカのてんまつ

受けた恨みは三倍にして返す(by浅田次郎)。
とはいえ、私としては「実害のない」「笑える仕返し」をモットーにウイットとエスプリに富んだ知能犯的ないたずらをご披露したつもりだったのだ。向こうが「まいったまいった、もー勘弁してくれー」と泣きをいれてきたら即座に水に流すつもりだったのだ。が、父は、いや両親はもっとシリアスに受けとってしまったらしい。
何か朝から母がいやに優しく明るく振る舞っているなあといぶかしんでいたら、昼御飯を食べたあといきなり改まって、「あのね、お願いがあるんだけど……」「……なに?」「……お父さんを許してあげてくれない?」「ダメ(きっぱり)」そしたら母に泣かれてしまった。
涙ながらに母が語ることには、父はしばらく黙って私のいたずらに耐えていたが(何も反応がないから無視されてるのかと思い、私の作戦はずーっと続いていた)、昨日の晩にようやく悩みを母に打ち明けたそうだ。いわく、バラを切られたショックと仕事のストレス(?)等が重なって「娘が壊れた」んじゃないか。こういう仕打ちは「尋常じゃない、真意が分からない」。今は標的が父だけだからいいが、世間に迷惑をかけるようになったら病院に連れていかなければと思うと夜も眠れない。そう本気で憔悴している、と。
あ〜の〜な〜!!!!!
……まあ、今までこういういたずらを仕掛けたことはありませんけどね。私だけが我慢するのをやめてちょっとしたガス抜きを試してしてみたら意外に楽しいじゃないかワッハッハ、と悪のりした感は否めませんけれどね。そんなにヘンなことはしてないよ? 父が丹精している盆栽をすべてつんつるてんに切りつめちゃうとか、ヒステリックに窓ガラスやら家具やらかたっぱしから壊してまわるとかしたなら異常のレッテルを貼られても仕方ないけどさ。
仕事に不都合があったらいけないから携帯電話には何もしないとか、サイフにいたずらするにしてもお札を抜くとかではなくトイレットペーパーの芯を折り畳んで洗濯バサミと一緒に詰め込むだけとか、父は高血圧ぎみなのでお茶に入れるのは塩ではなく砂糖にするとか、限りなく相手のことを思いやった芸術的ないたずらを心掛けたというのに、それがまったく理解されていないとは……!
でもウチの両親はどこか思考が突飛で、さらに今ちょっとマイナス思考ぎみだったようなのだ。こんな時代だものね、みんな疲れているんだよね。落ち込んでいる人をあんまりいじめるとかわいそうだ。というかいじめるつもりはなかったんだけど。しょうがないので仕返しはもうやめることにして、仕事から帰ってきた父を「おかえりー(はぁと)」と明るく迎えてやった。何事もなかったように。
父はかすかに驚いたような顔をして、意外なことに「バラ切ってごめんね。もうしないよ」とつぶやいた。ひえー。謝るような人じゃないと思っていたのでこちらが驚いた。でもニヤリと笑って「いいよ、許してやるよ」と言った。そのあとはいつにもまして楽しい時間となった。わだかまりのない間柄というのはかくもいいものか、と思った。家族であってもぎくしゃくするときはするのだが、居心地の悪さは格別だ。家族に裏切られるのってとても辛いことだから。
仲直り記念パーティー(笑)では父の日のプレゼントとして買ってあったい草のシーツと低反発枕を前倒しに進呈した。あー、どうでもいい顔してるけど、ホントは嬉しいんでしょう、えっ? とちょっと余裕でからかってみたりする娘なのであった。この枕はとても使い心地がいいので、自分用にもひとつ買ってこようかと思っている。