読了本

あがり (創元日本SF叢書)

あがり (創元日本SF叢書)

あがり/松崎有理
〈北の街〉の〈とある蛸足大学〉を舞台にしたSFタッチの連作短編集。登場人物は数学や生物学の理系研究者たちで、ダークだったりコメディっぽかったり、いろんな雰囲気とオチが楽しめてなかなかよかった。ご飯ものも出すらしい老舗甘味屋「ゆきわたり」の存在感もいいアクセントだ。「不可能もなく裏切りもなく」がいちばん好きだったけど、書き下ろしの「へむ」だけちょっとカラーが違ってて、なんだか電脳コイルみたいな感じが面白かった。
しかし文章にちょっとクセがあるというか……読みやすいのだけど、よく分からないこだわりが随所にあって正直面食らった。漢字をかなにひらくことが多いのはともかく、なぜここまでカタカナや横文字、それに固有名詞を排除するんだろう? カタカナは人名にしか使われない、のかと思えば「ヒト」だけカタカナなのはどういう法則なのか。名前のあるキャラのほうが珍しくて、ヒロインはおろか一度出てきたキャラの名前まで伏せる徹底した秘密主義(?)も不思議でならない。実験動物は「ねずみ」、一流雑誌は『自然』『科学』『細胞』とあくまで和訳に徹する一方で、硝子や珈琲や麦酒や釦や頁はオッケーなのはなにゆえ? 「背嚢型かばん」「揚げたさつまいもの蜜がけ」「四百年ほど前にこの街をつくった隻眼の領主」なんて苦しい説明をしてまでリュック、大学いも、伊達正宗と言わない理由は? 巻末の〈北の街〉地図もめちゃめちゃ仙台駅前とくりそつだし(でも「ゆきわたり」の場所には実際にはパーキングしかないみたい?)。
こういう一見無用なこだわりも“遺伝子間領域”みたいなものなのか……「それでもなにか意味があったらおもしろいだろうな」と作中でも言われてたけど。なにかの仕掛けか目くらましなのかも、と期待したけど特に種明かしはなかった、と思う。もしかして現実世界とは違うパラレルワールドのお話ってことなんだろうか。お祭りで流れたさとう宗幸の曲のようで微妙に違う歌も、きっとタイトルは「蒼羽城恋唄」とかいうんだろう。最初はいちいち気になったけど、最後にはつっこむのが楽しくなってしまった。「持ち帰り用の小判型じゃがいも揚げ」くらいコロッケと言えばいいのに(笑)。これシリーズ化してほしいなあ。若い代書屋(=ミクラ?)の恋の行方やいかに!?