読了本

雪沼とその周辺

雪沼とその周辺

雪沼という土地に住む人々の暮らしぶりに静かに同調していく感じが読んでて心地よかった。書道塾、中華料理屋、消化器販売……さまざまな仕事に就き、店を営む住人たちの物語は生活感に満ちていながらもくたびれた印象はない。ゆるゆると忘れ去られ滅んでいくものの哀しさは漂っているけれど、ちゃんと地に足をつけて人生をいとおしんでいる。閉鎖されるボウリング場を舞台にした「スタンス・ドット」は川端康成文学賞を受賞しただけあって心に強く残るが、私がとくに好きなのは「河岸段丘」と「レンガを積む」の2編。

夜の橋

夜の橋

もとは文庫だったものをハードカバーに新装改版。9つの短編が収められている。『藤沢周平 父の周辺』を読んだあとなので「裏切り」や「冬の足音」「梅薫る」などの市井小説の登場人物に藤沢さんの家族の肖像がだぶる。“絵そらごと”といいながらも、まさにその身から生み出したものなのだろう。戦国の世の記憶を残す江戸初期が舞台なのが珍しい「孫十の逆襲」は凄かった。野伏せりに狙われた村を守るため立ち上がった老人の話で、短編だからこそ描けた題材だと思う。大団円でもバッドエンドでもなく、哀れだが清々しくさえある結末が忘れがたい。

まほろ駅前多田便利軒

まほろ駅前多田便利軒

第135回直木賞受賞作品。……え? 確かにそこそこ面白いけども。ソフトBLじゃないのかなこれは。いい感じのイラストもついてるし、ホワイトハートあたりで出てても違和感ないような気がする。ていうかBL界にこのくらいの佳作はゴロゴロしてそうだ。でも文春はライトノベルレーベル持ってないからなあ。先日読んだ『八月の熱い雨』も便利屋の話だったが、個人的にはあちらのほうが読み応えがあった。これ、どこらへんが選考委員に受けたんだろ。さらっと読めるから? 『むかしのはなし』を落としといてこれで受賞させるのか……。