読了本

まひるの月を追いかけて ケルトの国のごちそうめぐり (Lands & memory)
まひるの月を追いかけて』恩田陸文藝春秋、2003)。
読んでいて息が詰まるような話。陰鬱といってもいい。不確かな影のような誰か(まさに“まひるの月”)を捜し求める登場人物たち――その姿を追いかけながら読者の心はカバー写真のような曇天に覆われていく。意外な事実の開示が繰り返されるたびに物語の中に囚われていく。恩田陸はほんとうに非日常の空間を描くのがうまい。
奈良という古い土地の持つ空気も物語に影響を及ぼしているのだろう。目次をみたとき「あ、万葉集の詞書だ」とわかった。そして冒頭に出てくるのは橘寺。奈良を観光する主人公・静の感想がネガティブでとても面白い。こういう見方もあるよなあと。これが古今集からの引用で舞台も京都だったりしたら話はまったく別物になっていたに違いない。ところで妙子や研吾が見た“姿”というのは結局なんだったのだろう。恩田作品ではお馴染みのスーパーナチュラルな描写なんだろうか? 草野心平の「中宮寺弥勒菩薩」という詩のことは知らなかったので探して読んでみたい。

ケルトの国のごちそうめぐり』松井ゆみ子(河出書房新社、2004)。
アイルランドに住むあいだに出会った人々の思い出を、食べ物の描写とともに綴ったとても楽しいフォトエッセイ。この人の書く文章は好きだなあ。すごく自然で庶民的で、へんに日本をくさしたりアイルランドを持ち上げたりしない大らかなスタンスも好ましい。たっぷり掲載されている写真も美しく見ごたえあり。ぬくもりが感じられるというか。と思ったら著者は写真家でもあるのだな。ザ・セブンスの料理は特においしそうに見えた。思わず笑ってしまったのが手作りスコーンとジャムの背景になっているネコさん。味のあるいい顔をしている。かわいい。