読了本

蝉しぐれ (文春文庫) 七姫物語 (電撃文庫)
蝉しぐれ藤沢周平(文春文庫、1991)。
酒が入っていたせいもあるのだが序盤で大泣きしてしまった。すこやかな日々を送っていた主人公の少年がそれまでの平和な暮らしを奪われ、どん底につき落とされる。人々の侮蔑をうけ疎んじられながらも己を見失わず、養父への尊敬と武士の誇りを保ち続ける健気さが胸に迫ってきて、切なくてどうしようもなかった。辛い時期の彼を支えたのが剣への情熱と幼なじみの友情だ。強敵とぶつかる試合の勝敗にハラハラしたり仲間たちとの交流に心温められたりするうち、物語は藩に渦巻く陰謀とその中心に巣食う巨悪との対決へとなだれ込んでいく。文庫の表紙イラストはクライマックスの一場面だ。そうそう、話の舞台は藤沢ファンが名前を聞いただけで涙ぐんでしまうといわれる東北の小藩・海坂藩である。トールキンが精魂こめて中つ国を創造したように、藤沢周平が丹精した“地図にない国”海坂藩は確かな存在感を持って本の中に息づいている。

七姫物語高野和メディアワークス電撃文庫、2003)。
和漢折衷、古代ふうでもあり近世ふうでもある新感覚のエスニック・ファンタジー。というか架空戦記になるのかな。この世界では七人の斎姫をいただいた都市が我こそはと覇権を競っている。姫の中には先王と血の繋がらない騙りもいたりして、七宮と呼ばれる末の姫君も実はニセモノだ。幼い少女の目を通して語られるため権謀術数も深刻にならず、戦いは血湧かず肉おどらない。ふわふわとやさしい世界観でつつまれた不思議な軍記ものである。文章にちょっと特徴があって、さらに不思議な透明感を醸し出している。ヒロインの名前はカラスミ、漢字で書けば空澄と美しいのだが、やっぱりどうしても珍味を連想してしまうのはライトノベル読者としては薹が立ちすぎているからか。多少物足りなさも感じるけれど、カラちゃんの行く末を見届けるために続編も読んでいきたい(でもまだ2巻までしか出ていない)。イラストが清楚でかわいい。