読了本

壬生義士伝 上 (文春文庫 あ 39-2) 壬生義士伝 [DVD]
壬生義士伝 上下』浅田次郎(文春文庫、2002)。
2003年には映画化もされた時代作品を大河ドラマに触発されて再読。これは浅田作品のなかでも好きな話だ。貧しい南部藩の下級武士として生まれ新選組隊士として果てた吉村貫一郎の人となりが周囲の人々の語りによって浮き彫りになる。ある時は古老の昔話、ある時は生々しい独白として。南部の優しくユーモラスなお国なまりを、浅田次郎は土地の者でもないのにどこで学んだのだろうと不思議に思う。
上巻を読み終わって下巻に入ったところでテレビ放映された映画版を観た。なかなかうまく映像化されている。特に佐藤浩市斉藤一はとても若々しく、大河のふてぶてしい芹沢鴨と同一人物が演じたとは思えなかったほど。ただ妙にもの哀しく終わってしまった。吉村は過去の人でしかなく、何かこう死にたくなるような寂しい雪景色で幕を閉じる。原作とは正反対のテンションだ。“吉村貫一郎の帰還”まで描かれてこその壬生義士伝だと思うのだが。原作の重要な柱だった次郎衛との絆の描き方も希薄でちょっと残念だった。ぬい関係をふくらませた煽りをくったのかな。
……たかだか百年ちょっと昔のことなのに、いまはもう吉村やその倅のような魂を持った人間は消えてしまったのだろうか。明治は遠くなりにけり、だ。

魔法使いハウルと火の悪魔―ハウルの動く城〈1〉 牧逸馬の世界怪奇実話 (光文社文庫)
魔法使いハウルと火の悪魔 ハウルの動く城1』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ/西村醇子訳(徳間書店、1997)。
映画「ハウルの動く城」を観たので再読。原作はですます調だったんだな、ぜんぜん覚えていなかった。訳の文体とかそういうのが気にならない面白さ。あれだけしっちゃかめっちゃかに絡まり合った状況をひといきに大団円になだれ込ませる力技に脱帽。あらためて映画は贔屓目にみても散漫というか、オチがあいまいだなと思ってしまう。技術には感心するし深読みする愉しさもあるけれど、これまでのジブリ作品のオマージュみたいな、「このシーンどっかでみたな」というのもやたら目立ったからサプライズが薄かったのだと思う。原作付きでない小品だったら文句は言わないのだけどね。

牧逸馬の世界怪奇実話』島田荘司編(光文社文庫、2003)。
牧逸馬という人は三つの筆名を使い分けた天才肌の流行作家で、20世紀はじめに活躍したが30代なかばで夭折したのだそうだ。ここに収められた選りすぐりの「世界怪奇実話」は切り裂きジャックからタイタニック号、ベラ・キス事件、浴槽の花嫁などミステリーファンには非常に興味深いものばかり。的確かつ軽やかで流れるような筆致がとても面白い。有名な事件であっても初めて聞くようにのめり込ませる吸引力がある。巻末の島荘解説が硬くて読みにくく感じたほどだ。マリー・セレスト号の話はとくに怖かった……まさに怪異。ゾッとさせられた。アメリカへの敵意と女性に対する蔑視が如実にあらわれているのは時代のなせるわざか、それとも。