謎の病についての一考察

はてなダイアリーローズマリー・サトクリフのキーワードを作ろうと思い著者略歴を調べていたら、ちょっとおかしなことを発見してしまった(ので、キーワードの説明はその部分をぼかして書いた)。日本におけるサトクリフの紹介文にしばしば見られる「スティルス氏病」または「スティル氏病」という病名は、他に使われた例がないようなのだ。
試しにgoogleで検索してみると、みごとなまでにサトクリフ関連の文脈でしか出てこない。
ティルス氏病
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&ie=UTF-8&q=%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%B0%8F%E7%97%85&lr=
スティル氏病
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&ie=UTF-8&q=%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AB%E6%B0%8F%E7%97%85&lr=
サトクリフだけに発症した世にも珍しい病気のはずもないのだが……。医学文献のデータベース「医中誌Web」で検索したが、一件もヒットしなかった。1983年以降の情報が収載されたデータベースなので、それ以前には使われていた名称なのだろうか?
辞典を引くと「スティル病」あるいは「スチル病」という言葉は載っている。「若年性関節リウマチ(JRA)の『全身型』病型をいう。すでに歴史的用語であり、欧米でも使用されていない」とある(医学書院医学大辞典、2003)。英語ではstill's disease、つまりイギリスの小児科医stillからとられた病名なわけだから、スティル氏病という呼び方はあながち間違いとも言えない(でも使用例ほとんどない。still病ならたくさんある)。が、スティルス氏病では明らかにスが余計だ。
さらに不思議なのは「スティルス氏病(ポリオ)」と説明している文章があることだ。たとえば評論社『闇の女王にささげる歌』の著者紹介などがそうで、検索すると一足飛びで「サトクリフはポリオにかかった」としている感想ページも見つかるほど。スティル病=ポリオならば比較的名前の知られている後者を採用してもいいかもしれない。しかしスティル病とポリオはまったく別の病気なのである。
「ポリオ」のgoo国語辞典の検索結果
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?id=0478340-0000&kind=jn&mode=5
専門的なことは私も分からないが、ポリオはウイルスにより弛緩性麻痺を起こす疾患で、もう一方のスティル病は原因不明の関節炎が主な症状らしい。なぜ二つの違う病気が同じものだとされてしまったのだろう。これはとても奇妙なことだ。
そもそもポリオという言葉はどこから来たのか。あるいはサトクリフはスティル病にポリオを併発したのだろうか? だが海外サイトをざっと検索してみてもサトクリフとポリオpolioを結びつけた文章は発見できなかった。サトクリフがかかったのはあくまでstill's diseaseなのだ。
どうも、いつかどこかで誤記・誤訳された言葉が訂正されないまま一人歩きして新たな誤解を生み続けているような気がする。出版されてる資料すべてにきちんと当たったわけではないので私の仮説も間違っているかもしれないが(自伝『思い出の青い丘』も未読だし)、サトクリフのためにも著書の略歴くらいは正確であってほしいと思うのだ。