これらすべて不確かな……

新書館から出ているあとり硅子さんの作品群を読み返す。
亡くなられたことがいまだに信じられない。目の前にはお日さまに透けるようなタッチで描かれたあとりさんのコミックスが積んであって、ページをめくるごとに優しくあたたかな気持ちが伝わってきて、読んだそばから穏やかで幸せな気分につつまれるというのに。
絵や台詞のはしばしにあとりさんのセンスがにじむデビュー作『夏待ち』(1996)。
原っぱに浮かぶ和菓子と無精していた祭司さんが印象的な『ドッペルゲンガー』(1996)。このまえ梨木香歩『家守綺譚』を読んだとき、何だか先にもこういうシチュエーションに出会ったような……という懐かしさを感じたのだが、そっか、あとりさんの「ドッペルゲンガー」だったんだ。
遠い星へ行った能天気なレイの言葉があとりさんとダブってしまう『光の庭』(1997)。
「愛だって分ければ減るのよ!」という名言を残した『これらすべて不確かなもの』(1998)。
怪人・四ツ谷を世に出した異色ホラー(?)『四ツ谷渋谷入谷雑司が谷!! 1』(1999)。つい先日出たばかりの最新巻『四ツ谷渋谷入谷雑司が谷!! 2』(2004)の「特別なソース!」には思わず吹き出したけれど、あとがきに胸が痛んだ。いつもあとがきが面白い人だったが、ヒートアップって……泣けてしまう。誇張じゃないのだ。これを最後にあとりさんの新しい作品が描かれる事はもうないのだ。
実は『黒男』(ディアプラスコミックス、2001)だけ未読なのである。ボーイズラブのレーベルなので何となく敬遠していた。私の大馬鹿……読む前からレッテル貼ったりなんかして。手に入れようと何件も本屋をまわったけど見つけられなかった。
一読者にとっては作品があとりさんのすべてで、本を読むことが作家あとりさんと付き合うということだった。個人的な付き合いもないのにお悔やみを言うのも何だかおこがましいようで気がひけるし、読者に素晴らしい贈り物をしつづけてくれた作家に対してひとことも感謝を伝えてこなかったのには内心忸怩たる思いであるが、それでも。
いままで素敵な作品をありがとうございました。あなたが漫画家になってくれてよかった。そして。
あとりさんのご冥福をお祈りいたします。どうか安らかにお眠りください。